松江地方裁判所 昭和23年(行)11号 判決
原告 沖田実雄
被告 島根県知事
一、主 文
原告所有の別紙目録記載(一)及び(二)の農地について被告のなした昭和二十二年十月十日附買收令書の交付による買收処分は、これを取消す。
原告のその余の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
二、事 実
第一、原告の申立及び主張
(請求の趣旨)
「原告所有の別紙目録記載の農地について被告のなした昭和二十二年十月十日附買收令書の交付による買收処分は、これを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」旨の判決を求める。
(請求の原因)
別紙目録記載の農地は、原告の所有であるが、原告は昭和十年頃から大阪に居住していたので、原告の父爲吉がこれを管理し耕作していたところ、昭和十五年十二月十一日原告が應召したため、原告の妻まちは、帰村して、爲吉と共に本件農地を自作した。ところが、昭和十八年二月十九日爲吉が死亡したので、まちは、幼兒を抱えて手間不足のため耕作することができなくなり、やむを得ず訴外三上富士市に対し原告が帰還するまで一時本件農地を賃貸した。しかし、同人も自小作田六反余を有し、その上本件農地までは自ら耕作し切れないので、更に中村道男外数名に共同して耕作させた。そうしているうち、昭和二十一年五月三十日原告が復員したので、三上富士市は、本件農地を原告に任意返還しようとしたが、ちようど田植時であつたにも拘らず、原告の方ではまだ苗代その他植付の準備ができていなかつたこと、前記中村道男等の方がすでに同年度の耕作の準備をしていたこと、原告がニユーギニヤにおける三年間の抑留生活中マラリヤを病んでいたため暫らくは靜養を要する状況にあつたこと等から、原告は三上富士市に対して更に同年度の耕作を依頼した。そして、同年十一月末に至つて原告は同人から本件農地の任意返還を受けたので、翌二十二年度は本件農地のうち別紙目録記載(二)の農地の一部約一畝歩は苗代田として一斗余播種して稻苗を作り、その他の部分は荒起をして肥料も施した。そこで、島根縣邑智郡口羽村農地委員会は、同年四月十八日本件農地が前記の通り三上富士市の原告に対して任意返還したものであり、原告の自作地であることを認めて、これを買收の対象から除く旨の決議をしておきながら、その後、農地委員沖野慶之から原告に対し本件農地については再審議の必要があるから立ち入らないよう通告すると共に、同年五月十八日同農地委員会は、本件農地を自作農創設特別措置法第三條第一項第一号によるいわゆる不在地主の小作地として買收計画を定め、次いで同年六月九日の会議に於て暫定措置として一年間藤倉佐之市及び戸田哲夫の両名に耕作させる旨指示し、これまで本件農地には全然関係のなかつた前記両名に耕作させるようにした。原告は、同年五月二十三日右買收計画につき通知を受けたので、即日同農地委員会に異議の申立をしたが、同農地委員会は右申立を却下したので、同年七月十日島根縣農地委員会に訴願したところ、同農地委員会は、同年十一月二十日附で、本件農地を自作創設特別措置法第三條第五項第二号によるいわゆる仮裝自作地と認定して前記買收計画を容認し、原告の右訴願を棄却する旨の裁決をし、昭和二十三年一月十七日その裁決書は原告に到達した。そして、同年三月六日本件農地に対する被告の昭和二十二年十月十日附買收令書が原告に交付され、ここに本件農地の不在地主の小作地として前記買收計画通りの買收処分がなされたわけである。
しかし、右買收処分は、いわゆる遡及買收ではない。そして、本件農地は、賃借人が異議なく返還した自作地であり、もともと應召のための一時の賃貸借に過ぎないから、自作農創設特別措置法第五條第六号、同法施行令第七條第二号により買收の対象とはならないものである。それにも拘らず、これを対象とした本件農地買收処分は違法であるから、その取消を求めるため、本訴請求に及んだのである。
第二、被告の申立及び主張
(申立)
「原告の請求を棄却する」との判決を求める。
(答弁)
原告の主張事実のうち、別紙目録記載の農地が原告の所有であつたこと、原告主張の日島根縣邑智郡口羽村農地委員会が本件農地を自作農創設特別措置法第三條第一項第一号によるいわゆる不在地主の小作地として買收計画を定めたこと、そこで、原告が同農地委員会に対し異議の申立をしたこと、しかるに同農地委員会が右申立を却下したので原告がその主張の日島根縣農地委員会に訴願したこと、しかし、同農地委員会は右訴願を棄却する旨の裁決をし、原告主張の日その裁決書が原告に到達したこと、また、本件農地に対する買收令書が原告主張の日原告に交付されたことは認めるが、その他の点は否認する。
本件農地は、昭和二十年十一月二十三日現在に於て不在地主の小作地として自作農創設特別措置法施行令第四十五條により農地委員会の認定によつて遡及買收したものである。
原告は、應召当時大阪に居住していたものであつて、本件農地を訴外三上富士市に賃貸したのは、原告の父爲吉が死亡したため、家族だけでは手間不足で耕作を継続することができなかつたからであり、原告が應召したため一時賃貸したものではないのである。
本件農地は、仮に不在地主の小作農地でないとすれば、自作農創設特別措置法第三條第五項第二号によるいわゆる仮裝自作地として買收の対象となり得るものである。
第三、立証<省略>
三、理 由
別紙目録記載の農地が原告の所有であつたこと、島根縣邑智郡口羽村農地委員会が昭和二十二年五月十八日本件農地を自作農創設特別措置法第三條第一項第一号によるいわゆる不在地主の小作地として買收計画を定め、同月二十三日原告にその通告をしたので、原告が即日同農地委員会に対し異議の申立をしたこと、しかるに、同農地委員会が右申立を却下したので、原告は同年七月十日島根縣農地委員会に訴願したこと、しかし、同農地委員会は同年十一月二十日附で右訴願を棄却する旨の裁決をし、昭和二十三年一月十七日その裁決書が原告に到達したこと、また、本件農地に対する昭和二十二年十月十日附買收令書が昭和二十三年三月六日原告に交付されたことは、当事者間に爭はない。
成立に爭のない乙第一号証の一、二、証人沖野慶之の証言によれば、口羽村農地委員会は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き、本件農地を不在地主の小作地であるとして、自作農創設特別措置法施行令第四十五條により認定による遡及買收をなしたものであることを認めることができる。
次に、成立に爭のない甲第一号証の一、二、同第二号証、証人三上富士市、片岡金六、伊藤房市の各証言並びに原告本人訊問の結果によれば、原告は、昭和十年頃から大阪に居住し、自動車運轉手をしていたので、原告に代つて原告の父爲吉が本件農地を管理し、別紙目録記載(一)及び(二)の農地は昭和十五年度から昭和十七年度まで自ら耕作し、別紙目録記載(三)の農地は昭和十五年頃から三上村市に賃貸していたこと、昭和十五年十二月十二日原告が應召したので、その妻まちは爲吉に呼び戻されて帰村し、爲吉と共に右(一)及び(二)の農地を自作していたが、昭和十八年二月十九日爲吉が死亡した後、原告が應召不在中であるため、一人で引続きこれを自作することができなくなり、やむを得ずまちは昭和十八年度は佐藤某に右農地を賃貸し、昭和十九年度には三上富士市に対し原告の帰還するまでの約で耕作を依頼したところ、三上も手不足で右農地の耕作ができない状態にあつたが、戰時中で農地を荒しておくわけにもゆかないので、三上はその居住する口羽村上部落民約四十戸と共に右農地を借受け共同耕作をすることとなつたこと、原告は昭和二十一年五月三十日復員帰村したが、病気のため同年度は引続き右農地の耕作方を三上に依頼し、三上は昭和二十一年度も町上部落民と共に右農地を共同耕作したこと、同年暮頃原告は三上に対し右農地の返還を請求したので、三上は町上部落の共同耕作者と協議の上、原告の請求に應じて、右農地の賃貸借を合意解約し右農地を原告に返還し、原告は、翌昭和二十二年春頃右農地の耕作に着手したが、口羽村農地委員会の申出によつて、同年五月中その耕作を中止し、同年度は同委員会の指示により、右農地とは関係のない篤農家藤倉佐之市及び戸田哲夫の両名が右農地を耕作したことが認められる。証人三上富士市、伊藤房市、沖野慶之の各証言のうち右認定に反する部分はいずれも信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。以上の事実から考えてみるのに、たとい原告が應召以前には本件農地を耕作したことがなかつたとしても、原告の應召後に於て原告の妻が原告の父爲吉と共に本件農地のうち別紙目録記載(一)(二)の田を自作していたのであるから、若し應召という障害さえなかつたならば、爲吉の死亡後原告は直ちに帰村して右農地の耕作に從事したであろうことが推察し得るのであつて、まちが夫たる原告に代つて右農地を三上富士市等に賃貸したのは、やはり原告の應召による手間不足のため、やむを得ずその帰還するまで一時賃貸したものとみるのが相当である。從つて、昭和二十年十一月二十三日現在に於ては、別紙目録(一)及び(二)の田は、自作農たる原告が應召のため一時賃貸していた小作地となるわけであつて、しかも作木村長の作成に係る原告の生活状態調査嘱託回答書、証人片岡金六、三上富士市の各証言及び原告本人訊問の結果によれば、口羽村農地委員会が右農地の買收計画を立てた当時、原告はすでに右農地の返還を受けその耕作の準備もして居て、右農地を自作する意思を表示していたこと、並びに原告の住所は右農地の所在地の隣村たる廣島縣作木村にあるけれども、右農地が自作できない程遠距離ではなく、前に認定した通り、原告の妻は原告の父爲吉と共に昭和十六年から二年間右農地を自作していたものであつて、右農地の賃借人である三上富士市その他の町上部落民と共同耕作せしめるよりも、原告に自作させる方が相当であることを認めることができるのであるから、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いては、右農地を買收できないことは自作農創設特別措置法第五條第六号、同法施行令第七條によつて明白である。更に前に認定した通り、原告は右農地の返還を受けて、その耕作の準備中、昭和二十二年五月中口羽村農地委員会の申出によつて耕作を中止したものであるが、原告の右耕作が、仮裝自作であることについては、証人沖野慶之の証言中右に副う部分は信用し難く、他に右の事実を認めるに足る証拠は存在しないから、右農地は仮裝自作地としてもこれを買收することは許されないものといわねばならない。しからば、口羽村農地委員会の定めた右(一)及び(二)の農地の買收計画は違法であることは明らかであり、右違法な買收計画に基いてなした被告の昭和二十二年十月十日附買收令書の交付による右農地の買收処分は違法であつて、取消を免れないものである。
次に、別紙目録記載(三)の農地は前に認定した通り三上村市が昭和十五年以來小作していたものであつて、昭和二十年十一月二十三日当時に於ても同人がこれを小作していたことは、前記三上富士市、沖野慶之の各証言によつて明らかであるから、右農地は不在地主の小作地としてこれを遡及買收し得ることは勿論であり、右(三)の農地に対する買收計画は適法である。從つて右買收計画に基いてなした被告の右農地の買收処分は何等違法ではない。
そこで原告の本訴請求のうち、別紙目録記載(一)及び(二)の農地に対する前示買收処分の取消を求める部分は正当としてこれを認容すべきであるが、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。よつて、民事訴訟法第八十九條、第九十二條の規定に從つて訴訟費用の負担を定め、主文の通り判決する。
(裁判官 松本冬樹 組原政男 浜田治)
(目録省略)